2010年7月29日木曜日

吉右衛門、芝雀、歌六の『ども又』

 25日日曜日。新橋演舞場に行く。6月にチケットを取るときはもうこの日は仕事の見通しもつき余裕であろうと思っていたが、まったくの皮算用であった。溢れそうなコップに水を注ぐようなことでどうもいやな感じではあるが、キャンセルはできないので行く。

 昼の最初は福助と三津五郎で『名月八幡祭』。児太郎時代に見ているから、3度目くらいか。まあ完成されているといえばいえるが、玉三郎で見たいと思わせるところがダメ。婀娜っぽくやっているのだが、悪女でも品がなければ歌舞伎ではどうしようもない。福助はむしろあとの『金閣寺』のように丸本をやっている方がよろしい(かつてお三輪をブログでほめた覚えがある)。中幕は富十郎の『文屋』で、今回のお目当てのひとつはこれ。衰えは隠しようがないが、なにか技巧や力はすべてそぎおちて、彼の本質だけが踊っているような、そんな舞台であった。よい。昼の最後は『金閣寺』で、団十郎の松永大膳、福助の雪姫、吉右衛門の秀吉、歌六の佐藤正清。これはこれでまとまっていた。ちょい役で芝翫が出た。

 夜の最初は団十郎で『暫』。これも完成の域であろう。もうこうなるといいとか悪いとかを超えてはいる。けっしてカタルシスはないのだが。清原武衡の段四郎はいつもながらよい。次が『ども又』で、吉右衛門の又兵衛、芝雀のおとく、歌六の土佐将監、吉乃丞の北の方、種太郎の修理之助。これはうなった。吉右衛門、芝雀、歌六という人たちは現代歌舞伎の最高の境地を実現してしまっている。変に力が入っておらず、着実に劇が進むのだが、確固とした説得力がある。ありがちな人情話なのに、そんな気にはさせない。どもりでハンディを背負い、言いたいことも言えず、思い通りにもならない人生の困難がしっかりと伝わってくる。おもわずも「すごい」という言葉が浮かんできたが、幕の後、左右前後から「すごいね」という言葉が聞こえてきた。種太郎君も将来が楽しみなよい役者であった。最後は『馬盗人』。すごい『ども又』の後に見たいものではないが、馬が見得をきって六法を飛んだのには驚いた。ふーむ、こんなんがあるのか。

 朝と夜中にせっせと訳文チェックもやり、大変充実した一日。やあ、でも『ども又』はすごかったな。