2014年7月25日金曜日
ヌービュルジェ。
すこし前の盤ですがヌービュルジェのサントリー・ホール・ライブ(2007年)を久しぶりに聞きました。バッハのイギリス組曲第2番で始まり、ショパンのバラード第二番、ノクターン(op. 15-1)とつづき、ラ・ヴァルス、リストのロ短調ソナタを経て、古風なメヌエットまで。この人の演奏はとてもオーソドックスですが、言葉の本来の意味で、つまり奇をてらわずに正鵠をついた演奏になっているのですね。リストもとても巧い。驚かされることはほとんどないのだけど、聞いていると自然と力がこもり、音楽のうちに連れ去られていく、という感じです。日本でリサイタルがあれば実際に聞いてみたい若手のひとりです。
2014年7月12日土曜日
クロリスに
ある企画でふとレイナルド・アーンの歌曲「クロリスに」を思い出しました。スーザン・グラハムが歌う英語訛りのフランス語に独特の魅力があります。
https://www.youtube.com/watch?v=hblAmLvg55g
きわめて抒情的な作りなのに、抒情の凡庸さに陥っていないところが、とてもすごい。
S'il est vrai, Chloris, que tu m'aimes,
Mais j'entends, que tu m'aimes bien,
Je ne crois point que les rois mêmes
Aient un bonheur pareil au mien.
Que la mort serait importune
De venir changer ma fortune
A la félicité des cieux!
Tout ce qu'on dit de l'ambroisie
Ne touche point ma fantaisie
Au prix des grâces de tes yeux.
もし、クロリスよ、ぼくを愛してくれているなら、
いや、とても愛してくれているのは分かっている、
王様だって、ぼくほどに
幸せだとは信じられない
死がやってきてぼくの運命を変え
天国の至福をくれるとしても
うんざりしてしまうにちがいない!
アンブロシアを求めて語られるどんな言葉も
ぼくの思いを動かすことはない、
君の優美な瞳に比べれば。
https://www.youtube.com/watch?v=hblAmLvg55g
きわめて抒情的な作りなのに、抒情の凡庸さに陥っていないところが、とてもすごい。
S'il est vrai, Chloris, que tu m'aimes,
Mais j'entends, que tu m'aimes bien,
Je ne crois point que les rois mêmes
Aient un bonheur pareil au mien.
Que la mort serait importune
De venir changer ma fortune
A la félicité des cieux!
Tout ce qu'on dit de l'ambroisie
Ne touche point ma fantaisie
Au prix des grâces de tes yeux.
もし、クロリスよ、ぼくを愛してくれているなら、
いや、とても愛してくれているのは分かっている、
王様だって、ぼくほどに
幸せだとは信じられない
死がやってきてぼくの運命を変え
天国の至福をくれるとしても
うんざりしてしまうにちがいない!
アンブロシアを求めて語られるどんな言葉も
ぼくの思いを動かすことはない、
君の優美な瞳に比べれば。
2014年7月7日月曜日
リヒテルの弾くリストのロ短調ソナタ。
かのリヒテルが1965年5月18日にカーネギー・ホールで行ったコンサートでの録音でロ短調ソナタを聴きました。彼のライブ録音はさまざまなものが残されていますが、どれも怒濤の迫力。そして怒濤故に音楽として崩壊の危機につねに瀕しています。この一枚はHMVの紹介によると、ご自身でもうまくいったと気にいっていた録音のようで、たしかに迫力が漲りながらもとても大きな破綻はなく、最後まで弾ききっています。とはいえ、盛り上がるところでは、なぜそこまでアクセレレートしなければいけないのか、といったスピードで突進し、案の定大変なことになり、それを派手やかなに切り抜けるあたりが面白い... のですね。....と言っていると曲芸評みたいですが。でも思うに、リヒテルには強烈な表現衝動があったのでしょう。それをどう表現するかはある意味ではわれわれの常識などとはいっさい関係ない出来事なのでしょう。
2013年8月3日土曜日
ボジャノフ in ワルシャワ
どうにかこうにか夏休み。いや、夏期研究期間だ(笑)。とはいえ、夏学期は6月初旬以来、断続的に風邪をひき(二度ほど寝込んだ)、散々な体調だったので、とりあえずすこし骨休めをすることにした。蓼科に行き、根を詰めず、ゆるゆると必要な小説類(ヘルマン・ブロッホ『夢遊の人々』)を読み進めてきた。とにかく体が冷えやすく、クーラーがしんどい、大学や電車の中でも、まわりが半袖を着て暑そうにしているところに、長袖を着てジャケットまで羽織っている仕儀となる。いや、汗はでて暑いのだが、体は冷たくなっている、というありさまで、自分でもどう理解していいかよく分からないが、体質がかわってしまったのかもしれない。冷たい飲み物も鬼門、温かいお茶をいれてちびちびと飲むことになったし、アルコールもほぼ絶って2ヶ月を過ごした。夜も、半袖だと寝覚めをしかねないので、長袖をさらに羽織って寝ていた。かのポコペン先生は、夜中に夜具をはいでしまい寝冷えをしたとブログで何度も書いておられたが、どうも私も、学識はともかく、体質だけでいえば、先生の域に達しつつあるのだなあ...
CDはショパンの舟歌やマズルカ、ワルツ、シューベルトのドイツ舞曲集、ドビュッシーの喜びの島、リストのペトラルカのソネット、メフィストワルツ。全体に、舞踏曲が多い....
ジャケットにおさめられたインタヴューで、ボジャノフは、自分の音楽との出会いはオペラで、たとえば、『セヴィリアの理髪師』を聞いて、次の日にピアノ編曲版を借りてきてそれを弾く、というのが最初の音楽的体験だったと述べている。彼の根本にはオペラ音楽があり、それを彼はピアノで日々弾いていたわけである。少年ホロヴィッツがワーグナーをピアノで弾いて遊んでいたのを彷彿とさせる逸話だ。彼の音楽のなかに、「劇的」なものがある理由がこれでよくわかった。
同じインタヴューで、ボジャノフは自分があるときに、音楽的メッセージよりも音響のattractionの方が大事であることに気づいたとも述べている。それで、ピアノの響きを規定するさまざまな条件を考えたのだと。たとえば、グールドやホロヴィッツのように低く座ると音色に細かい配慮を払って弾くことができる。高く座ると、全体を統御するにはいいが、こういうことはできなくなってしまう。そういえば、ショパン・コンクールでの彼の座り方は低めで、不思議な印象を与えるものだった。
ボジャノフの魅力。圧倒的なテクニック。しかし、それがいわばオペラ的な音楽の楽しい見せ方と分離していない、そして音楽のドラマ的構造を際立たせるために、音の響きや輝きに細心の注意を払っている。聞いていて楽しいし、驚きもある。これであと高速パッセージの音の粒がもっとたち、 高音にもっと艶が出てきたら、相当すごいことになるのではないか。
すくなくとも、同時代の若手をきいて、昔の巨匠のフェイクだと感じずに、偉大な未来が想像されるというのは、一聴者にとっては、これにまさる喜びはない。86点。
2013年6月11日火曜日
ホロヴィッツ・ライヴ・アット・カーネギー・ホール(41枚組)
資本主義というのは人にストレスを与えて、それで衝動買いをさせるシステムだと、私は考えている。
で、そういうわけで、先日、「ホロヴィッツ・ライヴ・アット・カーネギー・ホール」(41枚組) を予約購入することになった。曲目を見ているとほとんど持っているのではないかという感じもするが、いちおうHMVの説明によると「CD41枚のうち、約18枚分が世界初発売となっており、これまでホロヴィッツの演奏では聴くことのできなかった、ブラームスの間奏曲変ホ長調作品119-4に、ドビュッシーの『子供の領分』第5曲「小さな羊飼い」の2曲が含まれるのも注目されるところです。」とのことで、これまでは海賊版ですごい音質だったジョージ・セルとのチャイ・コンも正規版でおそらくそれなりの音になるようだし、値段も予約すると22670円が13850円とかなり割引されるので、えいやあ、と注文してまったわけであった... 感想はまた追って。8月到着とか。
で、そういうわけで、先日、「ホロヴィッツ・ライヴ・アット・カーネギー・ホール」(41枚組) を予約購入することになった。曲目を見ているとほとんど持っているのではないかという感じもするが、いちおうHMVの説明によると「CD41枚のうち、約18枚分が世界初発売となっており、これまでホロヴィッツの演奏では聴くことのできなかった、ブラームスの間奏曲変ホ長調作品119-4に、ドビュッシーの『子供の領分』第5曲「小さな羊飼い」の2曲が含まれるのも注目されるところです。」とのことで、これまでは海賊版ですごい音質だったジョージ・セルとのチャイ・コンも正規版でおそらくそれなりの音になるようだし、値段も予約すると22670円が13850円とかなり割引されるので、えいやあ、と注文してまったわけであった... 感想はまた追って。8月到着とか。
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